認定NPO法人シャイン・オン・キッズ
注射だってファシリティドッグと一緒なら頑張れる
小児がんと闘う子どもたちに寄り添う ファシリティドッグが担う心のケア
みなさんは「ファシリティドッグ」をご存じだろうか。
ファシリティドッグとは、病院など特定の施設で活動するための専門的なトレーニングを受けた犬のこと。ハンドラーと呼ばれる臨床経験のある看護師と共に、導入する病院のスタッフとして勤務する。
シャイン・オン!キッズのファシリティドッグは定期的な訪問ではなく、病院に常勤するのが特徴だ。毎日病院で活動することで構築される信頼関係から、病院スタッフは自然にファシリティドッグをチームの一員として受け入れ、様々な処置やリハビリ、手術室への同行など、治療における重要な場面での介入を求められるという 。
小児がんなどの重い病気の子どもたちをサポートする、認定NPO法人シャイン・オン・キッズ(東京都中央区)は、2010年に国内で初めて静岡県立こども病院にファシリティドッグを導入した。
病院で闘病生活を送る子どもたちや家族にとって、ファシリティドッグはどのような存在なのか。シャイン・オン!キッズのファシリティドッグ事業担当の白子晶子さんと広報担当の金容子さんにお話を聞いた。
入院中の子どもたちを笑顔に
(左から)petomoniの髙野、松本、天野。(手前)シャイン・オン!キッズの白子晶子さん
天野:まずは設立の経緯を教えてください。
白子さん(以下、敬称略):シャイン・オン!キッズの前身は、2006年7月に設立された『タイラー基金』です。
創立者のキンバリ・フォーサイスは2003年に東京でタイラーという男の子を出産しました。しかし生後まもなく小児白血病と診断され入院します。さまざまな治療を受け闘病しますが、2歳を迎える前にお空に旅立ちました。
キンバリは日本の医療について「最先端の高度な治療で最善を尽くしてくれた」と評価する一方で、小児がんで闘病する子どもとその家族のための心のケアは、まだ改善の余地があるのではないかとの思いから、日本の小児医療に恩返しをしたいと、団体を立ち上げました。
天野:具体的な活動内容は?
白子:ホスピタル・ファシリティドッグ(動物介在療法)やビーズ・オブ・カレッジ(アート介在療法)などの活動を通じて、小児がんや重い病気と闘う子どもたちとその家族の心のサポートをしています。
天野:ビーズ・オブ・カレッジとは?
白子:ビーズ・オブ・カレッジはアートを医療に融合させたプログラムです。重い病気と闘う子どもたちの辛い経験を前向きに変え、自己肯定感を醸成し、自らの治癒力を高める介在法です。
例えば、白いビーズは抗がん剤を受けた、赤は輸血をした、茶は髪の毛が抜けた、星は手術をした、ハートはICUに入ったなど、色や形にそれぞれ意味のあるビーズを繋いでいきます。
繋いだビーズ一つひとつの重みが増す度に、自分が乗り越えてきた治療を振り返り、勇気や希望を実感し、自分の人生に自信を持ち、自己肯定感を高めます。
子どもたちがいつか退院して社会へ出て行く時には、ビーズの重みが誇りとして、その後の人生の糧となっていきます。
人間にはできない心のケアを担う
身振り手振りを交えわかりやすく説明してくださる白子さん
天野:ファシリティドッグについて詳しく教えてください。
白子:ファシリティドッグとは、特定の施設で活動するために専門的に育成された犬のことです。施設が病院の場合は、正確にはホスピタル (病院)・ファシリティドッグと言います。私たちは小児がん患者支援団体として、患者ご家族のニーズに応えられるように訪問型ではなく、同じ施設に毎日出勤し、フルタイムで活動することを大切にしています。
天野: 海外では裁判所や特別支援学級など、さまざまな施設でファシリティドッグが活躍していると聞きます。
白子:そうですね。裁判所で働く犬は、コートハウス(裁判所)・ファシリティドックと呼びます。事故や事件を目撃するなど、子どもが司法面接に臨む時、真実を話す手助けをします。
髙野:人間にできないことが、ファシリティドッグにはできるんですね。
白子:人間はつい話してしまいます。言葉を使わないコミュニケーションのことをノンバーバル・コミュニケーションと言いますが、入院中に最も大切な心のケアは、子どもとご家族にそっと寄り添う事なのです。
毎日寄り添うから育まれる信頼感
天野:子どもたちはファシリティドッグと日々どう触れ合っていますか?
白子:日々の触れ合いはとても重要です。「この犬は専門のトレーニングを受けていますから一緒に手術室へ行きましょう」と急に言われても、戸惑ってしまうお子さんもいるかもしれません。
ですから毎日病室で触れ合ったり、プレイルームで遊んだりして、少しずつ良好な関係を構築していくことが重要です。ファシリティドッグは平日に毎日病院にいるので、普段のちょっとしたことでも常に寄り添っていられます。日々のこうした関係があるからこそ、子どもたちは心を開いてくれます。
入院中の子どもたちは、治療に必要な検査や処置を何度も行います。もちろん子どもたちは怖くて不安です。ファシリティドッグはそんな時に子どもたちに同行して寄り添います。
処置中に子どもたちはファシリティドッグの耳などを触りながら、もう一方の手を看護師さんに委ね、処置に臨みます。専門的にはディストラクションと言いますが、ファシリティドッグの体に触れることで、子どもたちは嫌なことから意識を逸らしています。進んで治療に協力してくれるので、看護師さんもスムーズに検査や処置ができるようになります。
一同:すごい(驚き)。
白子:入院しているお子さんだけでなく、ご家族や先生、看護師さん、事務局の方々にもファシリティドッグは笑顔を届けています。
遺伝子レベルで選別するファシリティドッグの適性
天野:ファシリティドッグになる犬をどのように選別していますか?
白子:ファシリティドッグは8年ほど同じ病院に勤務します。病気の発症など、途中で引退するような事態を避けるために、まずはスクリーニングを行います。何世代にもさかのぼって遺伝的疾患がないことを調べて、働く犬としての適性の高い系統でブリードします。こうして誕生した犬の中から、さらにファシリティドックに向いている仔犬を選んでトレーニングします。
天野:ファシリティドッグに向いているとは?
白子:病院にはたくさんの人が出入りしています。病室では医療機器の電子音がしたり、呼び出しブザーの音がしたりします。また、さまざまな薬品の匂いもします。どんな環境でも落ち着いている犬が望ましいです。
また、ファシリティドッグは1対1ではなく、たくさんの人と交流します。「いろんな人との交流を楽しめるか」は、ファシリティドッグとしてのキャリアを判断する上で大切にしているポイントの1つです。適正に合った犬を選ぶ事が、その犬にとっても幸せな活動に繋がります。
ハンドラーが医療従事者であることの安心感
シャイン・オン!キッズの金容子さんはオンラインで参加した
天野:ファシリティドッグは必ずハンドラーとペアで行動すると聞いています。
白子:はい、シャイン・オン!キッズのハンドラーは全員が臨床経験5年以上の看護師でもあります。
入院治療中の子どものベッド周りには、たくさんの医療機器があります。点滴や人工呼吸器など、命に関わるような機器もあります。その機器がどのような役割を果たしているのか知識を持った医療従事者でないと分かりません。
ファシリティドッグを添い寝させる際、機器があるからベッドのどちら側から上がらせたらよいか。先生の処置を見て自分たちはどこに立てばいいのか。そういった判断をするための医療知識が必須です。また必要な情報はカルテに記載もおこないます。
ファシリティドッグは全国で活動中
天野:シャイン・オン!キッズでは現在、何頭のファシリティドッグが活動していますか?
白子:現在4頭が活動中です。厚生労働省が指定する小児がん拠点病院が全国に15カ所あります。この中で子どもに特化した病院は6カ所で、そのうち静岡県立こども病院に2010年、神奈川県立こども医療センターに2012年、東京都立小児総合医療センターに2019年、国立成育医療研究センターに2021年、それぞれ導入しました。
天野:最初の導入から15年とのことですが、ファシリティドッグの世代交代はどうしていますか?
白子:ファシリティドッグは子どもたちと、日々、寄り添うことで関係を築いていますから、ある日突然、交代できる存在ではありません。現役活動を少しずつ減らして代わりに後任犬の活動を増やすなど、段階を経て入れ替えていきます。少なくとも数カ月から1年くらいかけています。
天野:「あのファシリティドッグは明日からもう来ないよ」っていきなり言われたら悲しいですもんね。
白子:ファシリティドッグも病院で毎日友達に会えるのが楽しいのに、急に今日から来なくていいとなったら戸惑ってしまうと思います。
導入に必要な4つの要素
天野:導入先はどのように決まりますか?
白子:4つの要素が必要です。
まず1つ目は導入を希望する病院があること。2つ目はその病院で働きたいハンドラーがいること。3つ目はその病院に合うファシリティドッグがいること。4つ目は導入・維持する資金があることです。
髙野:3つ目の「合う」というのは?
白子: 病院の要望に沿ってファシリティドッグが活動できるかということです。 例えば、導入に適する病院が静かな寄り添いを希望されている場合と、リハビリに積極的に介入して欲しい等動きが多い場合では、ファシリティドッグの性格や適性が変わってきます。
そして、ファシリティドッグとして楽しんで病院で働く犬なのかが重要です。
導入に対する課題
病棟での様子
髙野:導入に対する最も高いハードルはなんでしょうか?
白子:犬が病院にいること自体が、日本ではまだまだ高いハードルだなと思います。
金:個人的にはやはり資金的なハードルが高いと感じています。
髙野:いいことを広めようとすると、どうしても資金の壁がありますよね 。
白子:ファシリティドッグを病院に導入する場合ハンドラーの人件費込みで、導入時で直接経費が約1500万円、継続するのに年間約1000万円が必要になります。
金:既に導入している病院の方には、ファシリティドッグにはそれだけの価値があるとの評価をいただいていますが、新規導入を検討する病院にとっては、資金面で慎重になるのも無理はないと思います。
白子: 私たちは毎年、年末にクラウドファンディングを実施しています。毎年ありがたいことに2000人以上の方から3000万円近い寄付が集まります。企業からの寄付、助成金も含めて、たくさんの人の支えで活動が成り立っている事に感謝しています。
目に見える形で実績をアピールしたい
シャイン・オン!キッズの活動が2022年度の中学英語の教科書で紹介された
髙野:導入を検討する病院の背中を押す材料があるといいですね。
金:そうなんです。私たちは年間で延べ7000人の子どもたちを病院でサポートしています。そこで、この実績を目に見える形でアピールすることに取り組んでいます。その一環として2023年6月に私たちの研究員が論文をまとめて海外の学術誌に発表しました。
白子:研究では静岡県立こども病院の医療従事者に「ファシリティドッグの導入が現場に与えた影響」をアンケート調査しました。
その結果、終末期の緩和ケアに対して大きな影響があると分かりました。小児がんの子どもたち の7〜8割は回復して日常生活に戻っていくのですが、残念ながら2〜3割の子どもたちは亡くなってしまいます。
終末期は、家族にとっても医療従事者にとっても辛い期間です。そこにファシリティドッグが訪問すると場の空気が「和む」そうです。医療的に施すことがなくてもファシリティドッグには出来ることがある。それを先生や看護師さんは理解されていて、緩和ケアには欠かせないチームの一員だと認めてくださっています。
金:先ほどのアンケートでは、処置や検査の時に「患児の協力が得られやすい」ことも高く評価されています。試行錯誤しながらですが、少しずつ小児医療の現場で効果を発揮しているのだというところを発信していければと思っています。
ファシリティドッグが気づかせてくれること
天野:活動の中で印象的なエピソードはありますか?
白子:私がこの仕事に就いて、初めて静岡県立こども病院で病棟見学をした時の事です。熱が下がらず、意識のない寝たきりのお子さんがいました。ご家族が体に触れても反応することはありませんでした。
そこに私たちの初代ファシリティドッグのベイリーが着任しました 。お母様は「せっかく来てくれても、この子はもう意識がないから・・・」とおっしゃっていました。
ところがベイリーがその子に触れると、硬直している身体の力が抜けて両手がスッと上がったかと思うと、目をパッと開いたんです。
とても衝撃的でした。
一同:すごい(驚き)。
白子:残念ながら、お子さんの意識が戻ることはありませんでした。ただその出来事が、お母様の意識を一変させました。「意識はないけど我が子は生きている、子どもの現実をありのままに受け入れてあげなければ」と感じたと後日、お話を伺いました 。
金:私も子どもの長期入院を経験しまして、闘病する子どもたちと、支えるご家族の姿をたくさん見てきました。こうした経験から、同じような状況にあるご家族を支える何かをしたい、そんな思いからこの仕事に携わっています。
シャイン・オン!夢に向かって
天野:最後に今後の展望は?
白子:私たちの掲げるミッションに向かって、日本にある全ての子ども病院にファシリティドッグがいる社会を目指して活動して参ります。
天野:本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
対談後、『petomoni(ペトモニ)』から寄付金をお渡しした。
シャイン・オン!キッズは日本中の子ども病院にファシリティドッグの導入を目指す
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